バイリンガルのアイデンティティ・クライシス【寄り添い方】

バイリンガル子育て

バイリンガルの子どもを育てていると、「アイデンティティ・クライシス」という問題は避けては通れません。

アイデンティティ・クライシスは、思春期の子どもや若者が陥る心理状態かと思われがちですが、二つ以上の文化に挟まれて生活している子どもたちは、親が想像している以上に日常レベルで自分がどこの国に属しているかと言うことを感じながら生活しています。

表面上はそうは見えなくても、心のどこかで葛藤していると言うこともあるかもしれません。

実際、うちの娘は長期日本滞在後イタリアに戻ったときに、アイデンティティ・クライシスを自覚したようでした。

もし自分の子どもがアイデンティティ・クライシスに悩んでいたら、親である私たちはどう接すれば良いのでしょうか?

本記事では、バイリンガルの子どもがアイデンティティ・クライシスを経験したとき、親はどのように寄り添ってあげることができるかを考えたいと思います。

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アイデンティティの確立と喪失

アイデンティティとは

アイデンティティー【identity】

1. 自己が環境や時間の変化にかかわらず、連続する同一のものであること。主体性。自己同一性。「アイデンティティーの喪失」
2. 本人にまちがいないこと。また、身分証明。

出典:デジタル大辞泉(小学館)

簡単に言うと、アイデンティティとは「自分らしさ」のことです。

「自分は何者なのか、どういう存在なのか」ということがわかっている状態のことをアイデンティティが確立されていると言います。

また、国や社会など、どの集団に帰属しているかという「帰属意識」も、アイデンティティの重要な要素と言われています。そのため、アイデンティティは、一度確立されたからと言って不変に存在し続けるのではなく、内的・外的な変化によって、流動的に変化していきます。

アイデンティティ・クライシスはなぜ起こるか

アイデンティティは、内的・外的な変化によって、流動的に変化していくため、その変化を消化できなければ、今までの価値観が崩壊し、アイデンティティ・クライシスに陥ってしまいます。

つまり、「私はこういう者だ」と思っていた自分を覆す出来事が起きたとき、アイデンティティ・クライシスが起こるのです。

アイデンティティ・クライシス=悪」と言うわけではありません。心理学の専門家も言いますが、アイデンティティ・クライシスは、自分自身について見つめ直す時期であり、成長の通過点でもあります。

ただし、留意しておかないといけないのは、アイデンティティ・クライシスから抜け出せないと、日常生活に対する意識が不確実になり精神の不安定を招いてしまうかもしれないことです。

子どもの場合、順応性が高いので、アイデンティティ・クライシスを経験しても、気づかないうちにを克服していると言うこともあるでしょう。でも、子どもの小さな変化に気づき、一人で悩まないよう寄り添ってあげることが大切だと思います。

バイリンガルのアイデンティティ

私は、日本人それともイタリア人?

一般的にアイデンティティは将来を考え始める青年期の課題だと言われていますが、二つの文化に暮らすバイリンガルの子どもは、たとえ小学生でも自身のアイデンティティに悩む場面に直面することがあります。

娘の例を挙げると、本人はどちらかと言うと日本人だと思っているようですが、イタリアでは日本人と認識され、日本ではイタリア人と認識されるので、自分を何人と定義したら良いのかわからないときがあるようです。

実際、2ヶ月ほど日本に長期滞在し、日本の小学校に通ったのですが、イタリアに戻ったときにそれは起こりました。イタリアの小学校の先生に、いつもと様子が違うと言われたのです。その先生はバイリンガル教育に長けた方なのですが、「日本とイタリアの文化の違いに気づき、カルチャーショックを感じていると思う。そして軽度のアイデンティティ・クライシスに陥っていると思う」と仰いました。

日本の小学校と比べたら、イタリアの小学校はカオスです。2ヶ月間、秩序ある社会で生活していた娘は、これまで混沌の中で対応してきた「イタリア人の自分」がどんなだったか分からなくなってしまっていたのです。

おそらく娘が初めて文化の違いを自分自身のアイデンティティで認識し、自分は何者なのだということを意識した瞬間だったと思います。

その後、娘は先生がアドバイスをくださった通り、時間の経過と共に、イタリア人の自分を取り戻したのですが(子どもは環境適応能力に長けていますからね)、心の準備ができていなかった私は、深く考えさせられました。

アイデンティティ・クライシスはバイリンガル特有?

バイリンガルが全員アイデンティティ・クライシスになるわけではありません。

多くの専門書にあるように、言語自体が問題なのではなく、その言語を取り巻く環境(社会的、政治的、経済的な要因)に左右されます。つまり、文化的要因が関係しています。例えば、英語ペラペラの外務大臣は自分が何人かと自問することはないでしょう。

バイリンガル≠アイデンティティ・クライシスです。

その点、二つの文化に挟まれて育つ子ども達はアイデンティティ・クライシスを経験しやすい傾向にあると言えます。

少し前にあるハーフタレントが書いたコラムが目にとまりました。内容はこんな感じだったと思います。

『私は、ハーフのバイリンガルで2カ国の言語と文化を熟知しているから、その狭間でアイデンティティが中途半端になる。その点、ハーフでもどちらかの国に絞って育った子(片方の言語や文化を習得しなかった)は、自分が何人と言う帰属意識が明確で、羨ましい。』

これを読んだとき、「」となりました。

日本語も日本の文化も知らない日本人ハーフは、もう片方の国に帰属意識を持てるからアイデンティティが確立されやすいのでしょうか?

それは違うと思います。

2カ国の言語と文化を知るが故の葛藤もあるでしょう。でも、2カ国の言語と文化持って生まれてきたのに、その片方を知らない葛藤も大きいと思います。ましてや変化の激しいグローバル社会において、多言語・多文化を理解していることは大きな財産です。

「日本人」というラベルは、親が日本人である以上剥がせないのですから、片方を知らないからもう片方に帰属意識が持てるわけではありません。実際、大人になってから、日本のことを教えて欲しかったと言うハーフの人はたくさんいます。

でも、だからハーフの子を持つ親はバイリンガルに育てましょうと言いたいのではありません。もしハーフのお子さんを育てるあなたが、日本人で日本人だと感じているのなら、お子さんが自分のバックグラウンドを納得できるだけの情報をインプットしてあげるべきだと思うのです。

日本人の親に育てられた子どもは、どの国に住んでいようが、無意識に日本人的視点や価値観が浸透しています。もちろん、日本人に限ったことではありません。イタリア人ならイタリアの視点、アメリカ人ならアメリカの視点が、教えなくても継承されるはずです。

体の中に埋め込まれた文化価値を漠然と感じるのではなく、自分のルーツとしてきちんと知ることができれば、自身のアイデンティティを肯定的に受け止め、自分を大切に思うことができるのではないでしょうか。

私が読んだコラムは、ハーフの意見なので、娘も大人になったらこのように感じるのかもしれませんが…。

もし我が子がアイデンティティ・クライシスになったら?

アイデンティティを正常に獲得している人は、心身共に安定していて、建設的・肯定的な考え方ができるそうです。我が子には常にそう言う状態であって欲しいですよね。

娘が2ヶ月の長期日本滞在後に陥った「アイデンティティ・クライシス」を簡単に説明すると、家ではイタリアを否定するような発言が多くなり、学校では以前のように積極的に授業や遊びに参加しなくなったのです。

その時、担任の先生は、「彼女の中で、今おかれている状況を消化しようとしとしている時期です。今、否定的な発言が多くても真に受ける必要はありません。心配しないで暖かく肯定的に見守ってあげてください。遅かれ早かれハーフのお子さんなら通る道ですよ。」と仰いました。

今まで楽しく通っていた学校なのに、2ヶ月で何がそんなにダメになったのかと心理状態を心配していたのですが、娘なりに二つの文化をどう処理しようか葛藤していたようです。

その葛藤を克服できるのは、本人以外の何物でもありません。親ができることは何か?

それは、子どもに安心を与えてあげることです。

ある心理カウンセラーが仰っていました。安心感の土台は家庭にあり、子ども時代に「自分はいい存在なんだ」というアイデンティティを築くのは、親に愛されている感覚だそうです。健全な心が育まれると、それは人生を動かし、逆境を乗り越える力になるそうです。

そう言う意味でも、子どもと自分のルーツを共有してあげることは、安心感につながる一つのポイントなのではないかと思います。

まとめ

バイリンガルだから、アイデンティティ・クライシスになるわけではありません。でも、二つの文化に挟まれて育つ子ども達はアイデンティティ・クライシスを経験しやすいです。

それを克服するのは紛れもなく本人ですが、克服できる心を育むことができるのは、親です。親に与えてもらった安心感は、逆境を乗り越える力となります。

この記事を書きながら、もっと大らかに娘に接してあげなきゃと、普段の生活を反省する部分がありました。言葉もさることながら、豊かな心も育んであげたいですね。

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